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2016年9月4日日曜日

ハマーショルド国連事務総長は暗殺された

以下は2016年8月23日パトリック・ヘンセルディーンのフェイスブックに掲載されたUN SECRETARY-GENERAL WAS ASSASSINATED(国連事務総長は暗殺された)を訳したものです。

(サイトアクセス:2016年8月18日)


2016年8月1日、国連事務総長、潘基文(バン・キムン)は、前任者のダグ・ハマーショルドが南アフリカ海上研究所(The South African Institute for Maritime Research) によって暗殺されたという疑惑について調査再開を提案した、と「フォーリン・ポリシー」誌が報じた。 この研究所はアパルトヘイト時代にCIA,英国諜報機関、そしてコンゴのベルギー鉱業会社によって支援されていた準軍事組織である。

南アフリカ政府が最近、ハマーショルドを殺害するための「セレステ作戦」という策略が詳細に記述されている原文を発見したことによって調査再開の声が高まった。これらの書類のコピーが最初に公になったのは、1998年に南アフリカ国諜報局がデズモンド・ツツの真実和解委員会に、1993年の南アフリカ共産党指導者クリス・ハニ暗殺に関するファイルを提出した時である。

「極秘」マークの付いたひとつの文書には、南アフリカ海上研究所(SAIMR)と英諜報機関の代表らによる会合について記述があり、CIA局長のアレン・ダレスが、「ダグが厄介になってきた...取り除かれるべきだ。」と言ったと報告している。

英国局員らは、その文書(コピー)はソ連が偽造した可能性が高いとして直ちに否定した。スエーデン元外交官のベント・ロシオ(Bengt Rosio)、そしてMI5(英国保安局)とCIA(米中央情報局)もまた、この文書が偽装物であるとして、ハマーショルドの死に関与したことを完全に否定した。

しかし、これらの文書は, キース・マクスウェル=アナンデール、自称提督がSAIMRの局長であり、南アフリカ軍事諜報局と国家情報局の両方と関係を築いていた時期に発せられた他の文書と酷似している。

これらの文書はSAIMRが1981年にセイシェルで起こった、大統領アルベール・ルネを失脚させるための失敗に終わったクーデターを画策し、そして、1990年の成功裏に終わったソマリアでのクーデターの背後にもいたことを示している。

https://wikispooks.com/wiki/Dag_Hammarskj%C3%B6ld/Death


2016年4月17日日曜日

米国、サウジ、トルコが「反乱軍」に、アサドとロシアと戦うための対空ミサイル配布を検討

以下は2016年4月15日にグローバル・リサーチに掲載された、ブランドン・ターべヴィル(アクティヴィスト・ポスト)による、

US, Saudi, Turkey, Discuss Delivering Anti-aircraft Weapons To “Rebels” for Use against Assad, Russia


を訳したもの。(アクセス:2016年4月16日)

(投稿題はタイトル訳)

伝えられるところによれば、CIAは、現在ジュネーブで行われている「停戦合意」が崩壊した場合には、彼らがシリアで2011年に危機が勃発した当初から支援してきたテロリスト軍の戦闘能力を増大するという計画を検討している。議論の中心は、聖戦主義者がシリアとロシアの空軍によりよく対処できるように武器を供給することだ。その中心は、携帯式防空ミサイルシステムから、ソ連時代のBM-21グラッド・ミサイルなどの携帯式ではないものを含む各種の対空砲を送る可能性についてである。

ウォールストリートジャーナルの報告によれば、CIAは「連合メンバー」に、もし停戦が崩壊して「全面的な戦闘」が再度始まった場合には、シリアの大統領バシャール・アル=アサドと戦う勢力への支援を増大することを「暫定的に保障した」。ただし、米国はシリア政府と戦うテロリストに武器を与える新たな試みにおいて、戦場でどの武器が導入されるべきかを決める権利があると宣言した。

この、米国と「有志連合国メンバー」との話し合いは、ワシントンポスト「Bプラン」と呼ぶものの一部で、シリアの停戦協議が崩壊し、戦闘が再開されたときのものだ。

 「シリアで2月27日の深夜から効力を持つ停戦合意の前夜に、中東の諜報機関長らが会合し、停戦後に戦いを追行する計画を立てた。この件に関する協議はそれ以来ずっと続けられている。」

2016年2月17日水曜日

シリアで穏健派が見つからないなら、過激派を扮装させればいい

以下は2016年2月11日にランドデストロイヤーレポートに掲載された、トニー・カルタルッチの、

In Syria, If You Can't Find Moderates, Dress Up Some Extremists

を訳したものです。(アクセス:2016年2月11日)

(投稿題はタイトル訳)


英国放送協会(BBC)の最新の製作物は、見え透いていて、胸が悪くなると同時に、滑稽でもある。


シリアとロシアによる、国を奪回するための効果的な攻撃にさらされ、欧米に支援されたテロリスト軍が崩壊し始めるに伴って、欧米のメディアが放出している、必死の形相を増したニュースの見出しを読むとき、「穏健派反乱軍」とか、「穏健派反政府勢力」などの用語がよく使われるが、欧米のメディアが実際、それらに相当する具体的な派閥の名前や、その指導者の名前をひとつも挙げることができないことに、読者は気づくであろう。

その理由は、穏健派が存在しないし、したこともないからだ。2007年以来米国は、シリア政府を崩壊させ、中東全域におけるイランの影響を不安定化するために、アル・カイダ系の過激派を武装させ、資金を与える企てを行ってきた。

シーモア・ハーシュの2007年の記事、「方向転換:政府の新しい政策は、対テロリズム戦で敵を利しているのか?」で暴露され、はっきりと以下のように記されている。
米国もまた、イランとその同盟国であるシリアを狙った極秘作戦に参加していた。これらの活動の副作用は、アル・カイダに同調し、米国に敵対的なスンニ派の過激派グループを後援してきたことだ。
欧米のメディアが、そのますます扇情的になるニュースの見出しで言い続ける「破局状態」は、シリアで今日行われている、シリアとロシアの防衛作戦の予測できる結果、ではなく、ハーシュが2007年に記述し、議論の余地なく実行されてきた、2011年に始まった、「アラブの春」に名を借りた策謀の結果だ。
欧米が実際、いわゆる「穏健派」の名前や人物を挙げるときには、彼らが直接アル・カイダに繋がっていたことが簡単にわかる。

BBCの「反乱軍司令官」は扮装している

最近掲載された、「シリア紛争:反乱軍は英国と米国から’見捨てられたと感じている’」、と題するBBCのビデオレポートで、BBCのクエンティン・ソマーヴィルは、トルコから「極秘で」米国に支援された反乱軍と連絡を取ったと述べた。「遠隔」インタビューとされたものは、ソマーヴィルが、状況があまりにひどくて反乱軍と接触できなかった、と言っていたにもかかわらず、両側のロケーションともプロの撮影班によって行われていた。そのBBCのインタビューを受けた「アレッポに居る反乱軍上級司令官」は、他でもない、ヤセル・アブドゥルラヒムその人であった。

一度も戦場で着られたことのない真新しいパリッとした「自由シリア軍」の制服で現れ、同じように新ピカの「自由シリア軍」の仏植民地旗の横に座っていたにもかかわらず、ヤセル・アブドゥルラヒムは存在しない「自由シリア軍」に所属も提携も全くしていなかった。

実際彼は、アルカーイダのテロリストとムスリム同胞団の過激派からなるファイラク・アッシャム(Faylaq Al-Sham) の司令官であった。ソマーヴィル自身によれば、ファイラク・アッシャムと、その司令官ヤセル・アブドゥルラヒムは、アルカーイダ系のアハラール・アッシャムとジャイシュ・アル・イスラムを含むファタハ・ハラブという大きな上部組織の一部である。後者のジャイシュ・アル・イスラムは、シリアとロシアの空爆に対して、屋根の上の金属の檻に一般市民を入れて、文字通り人の盾として使った。

人権ウオッチは、「シリア:武装集団が攻撃を抑止するため檻に入れた人質を使う」と題するレポートで、以下を明らかにした。

2013年の12月に、アドラ・アル・オマリアの近辺で武装集団と政府軍が戦っていたときに、ジャブハット・アル・ヌスラ(ヌスラ戦線)とジャイシュ・アル・イスラムは、数百人もの民間人を誘拐し、国連シリア諮問委員会によれば、その殆どがアラウィー派であった。これらの人質の多くは女性と子供たちで、東グータのどこかに監禁されている。彼らが、これらの(写真)檻の中のひとびとではないかと懸念される。
人権ウオッチのレポートは、それがヤセル・アブドゥルラヒムのファタハ・ハラブのメンバー、ジャイシュ・アル・イスラムが関わっているという点で警戒を促させるものだ。ジャイシュ・アル・イスラムは、米国務省のテロリストグループ・リストに載っているジャブハット・アル・ヌスラと協力し、共に戦っているからだ。

米国国務省の「イラクのアルカーイダの別名、アル・ヌスラ戦線のテロリスト指定」と題する、アル・ヌスラを外国テロリスト団体リストに載せた公式な声明書では、
2011年の11月から、アル・ヌスラ戦線は、600以上の攻撃を行ったと主張し、それらにはダマスカス、アレッポ、ハマー、ダラー、ホムス、イドリブ、ダイル・アル・ザワルなどの主要都市中心部での、40以上の自爆攻撃から、小火器と簡易爆発物作戦などが含まれる。これらの攻撃中、数多くの罪のないシリア人が殺された。これらの攻撃を通してアル・ヌスラは自分らをシリアの正当な反政府勢力の一部であるように見せようとしてきたが、実際はイラクのアルカーイダ(AQD)が自分たちの邪悪な目的のために、シリアの人々の闘争を乗っ取ろうとしたものだ。

皮肉なことに、欧米のメディアの偽りを通して、アル・ヌスラは、「シリアの人々の闘争を自分たちの邪悪な目的のために」、完全に乗っ取ることをずっと支援されてきたようだ。


この、BBCの最近のインタビューで、アルカーイダのメンバーそのものと、その系列団体を扮装させた嫌悪すべき行為は、2007年にハーシュが記述した策謀を救済することを目的とした、より大きな偽装パターンに合致する。しかし、昨年の終わりにロシア連邦がシリア政府の招聘により、この紛争に介入することによって、このパターンは打撃を受けた。
アレッポが、明らかにテロリストである勢力から、まさに開放されようと揺れているときに、BBCのプロパガンダは、シリアの人々の苦しみを終わらせるのではなく、恒久化させる否定的な試みを代弁する宣伝を進めてきた。

最悪なのは、BBCが、彼らのファタハ・ハラブ - アルカーイダ傘グループ司令官を「自由シリア軍」のメンバーに扮装させ、「アメリカ後援の」と公言していることだ。

これはBBCが、彼らがインタビューした人物が本当は誰なのかを、聴衆者から、さらに偽ろうとしているか、それとも、米国が、実際テロリストグループと、その連合に資金を与え、米国務省自らの外国テロリストリストに載っている組織を増幅させていることを、うっかりと告白してしまったかのどちらかだ。

どちらにせよ、BBCが放映したような、注意深く脚色された製作物でも、欧米の「反乱勢力」の残りの、テロリスト的正体を隠蔽する意図的なこころみであることが簡単に暴露される。それが、シリア政府と、そのロシア、レバノン、イラクそしてイランの同盟勢力が、この戦争を終わらせてシリアの全ての領土で秩序を完全に回復させることの必然性をさらに強めることになる。

普通の衣装を着た、明らかにテロリストである「反乱勢力」と協議することを欧米が押し付けられたならば、ばかげたものとして決して受け入れないだろう。ならば、地球上に存在する他のどの国も、欧米がそのような条件を押し付けてきたら受け入れるべきでないだろう。


2016年1月27日水曜日

アルカイダ系のジャイシュ・アル・イスラムがシリア「和平交渉」に参加

前回の投稿「シリア軍の空爆で、2013年ゴータでの化学兵器テロ攻撃の指揮者が死亡」は、ジャイシュ・アル・イスラム(イスラム軍)の司令官、ザハラン・アッルーシュに関するものだったが、同ジャイシュ・アル・イスラムの、ザハラン・アッルーシュの親族であるモハンメッド・アッルーシュが「和平協議」の反体制派の連合、高等交渉委員会(HNC)代表団の一人に指名された。


以下は2016年1月26日にグローバルリサーチに掲載されたステファン・レンドマンによる、
Al Qaeda Affiliate Jaish al-Islam Slated to Participate in Syrian “Peace Talks” を訳したものです。(アクセス:2016年1月26日)

*投稿題はタイトル訳

月曜日に、国連アラブ連盟共同特別代表のステファン・デミストゥーラは、期日を発表せずに、誰が参加するかを示唆した。知られているところでは、ジャイシュ・アル・イスラム(イスラム軍)を含む、米国とサウジアラビアに支援されたテロリストグループが参加する。

ジャイシュ・アル・イスラムはISISのように軍事活動を行う。同じように残酷で、2013年にシリアのグータでの化学兵器攻撃を行い、多数を殺害し、多くを負傷させた。この重大な犯罪は、アサド側によるものという誤った非難がなされた。

この組織以外に、米国とサウジに支援された、どのテロリスト団体が参加することになるかは、デミストゥーラがどの名前を挙げるかによるが、この状況は疑問を喚起せずには居られない。

もし和平交渉の一方が、シリアの破壊と、人民によって選ばれた政府を外部の勢力によって決められたものに挿げ替えることに従事し、シリア人民は、誰が彼らの指導者になるかについて意思表示することができないとしたら、この交渉が正当であるなどと言えるであろうか。

オバマと無法者同盟諸国が、シリアでの政権が取り替えられるまで、ISISや他のテロリスト団体を帝国の歩兵として使う終わりのない戦争を望んでいるときに、どうやって和平交渉が成功するであろうか。ジュネーブでの第一回と二回の和平協議は失敗に終わった。今回も、以前のものより成果が出るとは期待できない。デミストゥーラ自身、どう転んでも「道は険しく」、ほぼ、不可能な使命(ミッション・インポッシブル)であると認めている。

近距離交渉が計画されており、双方が直接対面するのではなく、西欧諸国がコントロールする国連の交渉者らが、シャトル外交による仲裁を行い、この過程が少なくとも6ヶ月は続くが、進展が困難な行き詰まり状態になった場合には、これよりもずっと早く終わることになる。

協議の最初の数週間は、人道支援の増加、ISISとの戦闘、そして、戦いを続けている選ばれたテロリスト団体との停戦交渉に焦点が置かれる。反アサド穏健派戦闘員は存在しないが、存在するという神話がずっと主張されてきた。デミストゥーラの主張する、米、サウジに支援されたテロリストと「戦闘の停止」の交渉ができるというのは、まったくの御伽噺に過ぎない。5年近くにもなるオバマの、終わる見通しのないテロ戦争自体が、そのことを物語っている。

シリア政府の代表団は、国連特使のバシャール・アル・ジャーファリが率いる。高等交渉委員会(HNC)と呼ばれる反政府連合は、イスラム軍の中心的なテロリストで、連続殺人魔のモハンメッド・アルーシュを、この連合の代表として指名した。この指名は、和平交渉が到着直後に頓挫することになる、と鋭い批判を受けた。

誰が、自分の喉もとにナイフをつきつけ、恐ろしい残虐行為を犯し、それをやめる兆候が全くなく、米国とサウジの最大の援助を受けているものと交渉することができるであろうか。

今までに書いたものの中で強調したことを繰り返すことになるが、戦争で破壊されたシリアに平和と安定が、すぐに回復される可能性は、事実上ゼロだ。


2015年12月28日月曜日

シリア軍の空爆で、2013年グータでの化学兵器テロ攻撃の指揮者が死亡

以下は、2015年12月26日にグローバル・リサーチに掲載された、ドクター・クリストフ・リーマン(Dr. Christof Lehmann)の Syrian Air Strike Kills Commander Behind 2013 Chemical Weapons Terror Attack in Ghouta を訳したものです。(アクセス:2015年12月28日)

*投稿タイトルは題名の訳

ジャイシュ・アル・イスラム同盟の指揮官、ザハラン・アッルーシュがダマスカスの郊外で殺害された。2013年8月21日にダマスカスの郊外、東グータでの化学兵器攻撃開始を命令した、サウジ諜報機関の内通者アッルーシュは、当時リワ・アル・イスラムを指揮していた。ザハラン・アッルーシュは1980年代から、サウジ諜報機関に雇用されていた。

シリア軍の中央司令部は、ダマスカスの郊外、オタヤで空爆を開始し、聖戦主義指揮官らを標的にして殺害することに成功したことを確認した。その一人がジャイシュ・アル・イスラムのリーダー、ザハラン・アルーシュであった。ジャイシュ・アル・イスラムは、リワ・アル・イスラムを含む、いくつかの聖戦主義武装団の連合である。ジャイシュ・アル・イスラムは、シリアでのアルカイダ組織であるヌスラ戦線と同盟関係にある。

2013年のNSNBCインターナショナルによる綿密な調査では、ザハラン・アッルーシュが2013年8月21日の東ゴータでの化学兵器攻撃を、直接命令した人物だと結論した。この調査はまた、アッルーシュの判断の指揮責任は直接、米国の統合参謀本部長、ホワイトハウス、そしてサウジ政府に繋がると結論している。
アッルーシュはまた、国連査察団が東ゴータでの化学兵器攻撃の証拠を収集する際に従った「護衛」の選任もコントロールしていた。(この報告書にある詳細と名前はこちら)。

ザハラン・アッルーシュ、リワ・アル・イスラムそしてサウジ諜報機関は、シリアの化学兵器廃棄を、化学兵器輸送に攻撃を仕掛けることによって妨害する試みでも中心的な役割を果たした。これらの輸送に関する情報は極秘情報になっていたことから、シリア政府は、サウジ諜報機関がリワ・アル・イスラムに情報提供したという結論に達した。

ザハラン・アルーシュは1990年代からシリアでの、サラフィスト・ワッハビ派テロリストネットワークに関係しており、それによってシリア諜報機関に逮捕された。彼は、2011年の初期にアサド政権が大赦を行ったときに釈放された。2011年3月に刑務所から釈放された直後から、アッルーシュはサウジ諜報機関から相当な資金と武器を受け取り始め、それによってリワ・アル・イスラムを、サウジ内務省の主導下に、実質的なサウジアラビア出資による傭兵旅団として創設することができた。

サウジ諜報機関の内通者アッルーシュとリワ・アル・イスラムはまた、カタールとトルコに主に支援されていた自由シリア軍(FSA) と、その他のカタールが支援する反乱勢力の崩壊に決定的な役割を担った。例えば、2013年にダマスカスのジョバール地区でのシリア・アラブ軍との主要な戦闘時に、アッルーシュは、カタールに後援されているファースト・ブリゲードとリワ・ジャイシュ・アル・ムスリミーンに、急に撤退することを告げずに彼のリワ・アル・イスラム軍団を撤退させた。これらの両旅団は、シリア軍に文字どおり一掃された。

ザハラン・アッルーシュを根絶した空爆はまた、主要な野戦指揮官も根絶させた。彼は、シリアの戦域での、ムスリム同砲団と連携する反乱勢力の優位を、アルカーイダと連携する反乱勢力に移行させた人物である。これは、ヌスラ戦線、ジャイシュ・アル・イスラム、リワ・アル・イスラム、そして究極的には、自己宣言したイスラム国、別の名をISIL, ISIS、またはダーイシュらの優位性ということだ。


ドクター・クリストフ・リーマンはnsnbcの創設者で編集者である。
本文のオリジナルはnsnbc international に最初に掲載された。
Copyright © Dr. Christof Lehmann, nsnbc international, 2015

2015年10月8日木曜日

サウジアラビアが国連人権理事会を率いるという茶番劇

以下はグローバルリサーチに9月24日に掲載されたFelicity Arbuthnot による United Nations Farce: Saudi Arabia to Head UN Human Rights Council を訳したものです。

国連事務総長の潘基文(バン・キムン)は2007年3月12日に人権理事会、第四期を開催するにあたって「全ての人権侵害の被害者は人権理事会を公開論議と行動への跳躍台として頼ることができるべきである。」と述べた。
国連憲章第55条には「人種、性、言語又は宗教による差別のないすべての者のための人権及び基本的自由の普遍的な尊重及び遵守」が、促進すべき目的のひとつとして挙げられている。国連創設時に掲げられた理想とは真っ向から反し、国連はサウジアラビアの国連人権理事会特使を影響力の強い人権パネルの長に任命した。

この任命は6月になされたが、9月17日になって国連ウオッチが手に入れた文書によって明るみに出た。(1)(以下文書抜粋)

...ジュネーブのサウジアラビア国連大使ファイサル・ビン・ハッサン・トラッド氏が国連人権理事会の独立専門家委員会の長に選ばれた。強力な5名の外交団を率いる影響力の強い役を担うトラッド氏は国連が人権に関する権限を持つ国々での数多くの専門家の役職を世界中からの申込者から選ぶ権限を与えられた。

国連ウオッチによれば、このような専門家は人権委員会の「至宝」とよく言われていた。この「至宝」が世界中で最悪の人権記録を持つ国のひとつに手渡されてしまった。サウジアラビアは人権侵害と委託事項を扱う77以上の役職を世界中の申込者から選ぶ権限を与えられた5名の大使からなる諮問委員会を率いることになる。

元国連事務総長のコフィ・アナンが2003年のイラクへの侵略、爆撃、そしてこの国をほぼ破壊したことが違法であることを公的に認めるのに18ヶ月もかかった国連の質の低さと比べても、今回の選択はさらに眼を見張るような劣化であるとして、国連ウオッチは「今年に入ってISISよりもより多くの人々を斬首した国が主要な人権委員会を率いることとなった...」と指摘した。(2)

この任命がされる直前の5月にサウジ政府はさらに8人の刑執行人募集の広告を出した。「...数を増す死刑を執行する、これらは普通斬首であり、公開されるものである」(3)そして「特別な資格は必要ない」模様で、主な職務は処刑であるが、仕事内容には 「切断も含まれる...」とある。この広告はサウジ王国の行政省ウェッブサイトに掲載された。今年の6月15日までに処刑者数は100名を越え、「昨年を大幅に上回って新たな記録を打ち立てることになりそうだ」とインデペンデント紙は述べている。(6月15日付)この記事はまた、この王国は1995年の192名というぞっとする野蛮な記録を更新する模様だ」とも記している。この新聞には、「...処刑数の増加は新国王サルマンとその最近指名された側近らと直接関係がある...」 とある。


2014年の8月に人権ウオッチは17日間の間に19件の処刑があったと報告し、その中には一件の「妖術」もあった。姦通と背教も死刑の対象となりえる。


超皮肉なのは、サルマン国王の首切り前任者でサルマンの異母兄弟であるアブドウッラー国王(現在でも斬首記録保持者)が1月に死亡した際に英国首相のデイヴィッド・キャメロンが国会議事堂やウェストミンスター寺院などで半旗を掲げる指示をしたことだ。ある国会議員は、「ホワイトホール(ロンドン中央官庁街)にアブドウッラー国王への哀悼の意を表する半旗がたなびく日に、いったい何名の公開処刑が行われているのだろう」と疑問を呈した。

キャメロンはサウジアラビアを「懸念される国」として言及している自国の外務連邦省報告書に目を通していないようだ。多くの批判に対し、ウェストミンスター寺院のスポークスマンは「我々にとって半旗を掲げないということは、イスラムテロリズムと戦う同盟国の国王の死に対して表立って攻撃的な所感を述べるのに等しい」と述べた。

この寺院の代表は息を飲むほど無知か、眼を見張るほど情報に疎いかのどちらかであるようだ。2009年12月に米大使館の公電(4)で当時米国務長官であったヒラリー・クリントンは、

サウジアラビア王国(KSA)は国内でのテロリズムの脅威に関しては真剣に受け止めているが、サウジアラビアから出ているテロリストへの資金供給に対処することが戦略的優先事項であることをサウジ高官らに説得するのは常に困難が伴う。

と書いている。そしてさらに、

... サウジアラビアの寄付者らが世界中のスンニ派テロリストへの最も重要な資金源となっている...世界中のテロリストと過激派へのサウジアラビアを本拠とする出所からの資金の流れを食い止めるためにサウジアラビアがより多くの手段を講じることを奨励する...関与が必要だ。

とある。

自国では女性たちは「男性保護者の承認を得ずにパスポートを手に入れたり、結婚したり、旅行をしたり、高等教育を受けることはできない。」(人権ウオッチ・レポート、2014)サウジアラビアはもちろん、世界で唯一女性が運転することを禁じている国である。


この国は現在21歳のアリ・モハメッド・アル=二ムルの斬首を準備している。彼は17歳のときに反政府抗議活動に参加したことと銃器を保持していたことにより逮捕されたが、銃器に関する嫌疑は一貫して否定されている。人権団体らは彼の刑と彼の罪を立証する根拠の脆弱さにショックを受けたが、どちらの「要素も今日のサウジアラビアではめずらしくはない」と指摘している。斬首の後、アル=二ムルの首なし体は「公開観覧のために十字架に貼りつけられる」ことになるようだ。(5)

米、英の政府省庁からひっきりなしに発せられる「自国民を殺す」政府に対する空爆、侵入そして虐殺を正当化するお題目はなんなのか。

数多くの報告書が、サウジアラビアが国連拷問禁止条約に署名をしているにもかかわらず拷問が広く行われていることに言及している。

世界中のサウジ大使館前で、ブロガーのライフ・バダウィが言論の自由についてブログを書いたことで千回の鞭打ち刑を言い渡され、毎週金曜の祈祷後に50回の鞭打地を受け、そして10年の禁固刑を言い渡されたケースに焦点を当てる抗議行動が行われている。

三月以来サウジアラビアは国連の委任なしにイエメンを爆撃し、学校、病院、家屋、ホテル、公共のビル、国内避難民キャンプ、重要歴史文化財を破壊して「一般市民の死と破壊の痕跡」を生み出した。これらをアムネスティー・インターナショナルは戦争犯罪の可能性があるとした。「違法な空爆」は軍事標的と一般市民のものを区別することができなかった。「市民が安全な場所はどこにもない」とアムネスティは指摘した。(6、pdf)

さらに、2015年3月25日以降この紛争は...4千人近くの死亡者をだし、その半数は数百人の子供を含む一般市民であり、百万人以上が避難民となった。「...一般市民の生命と国際人道法の基本原則への言語道断たる無視により数百の紛争に参加していない多くの子供と女性を含む市民が違法(過度で無差別)な地上攻撃と空襲によって(死亡し負傷)」してきた。

米国が供給したクラスター爆弾が使われたと疑われている。2008年12月以降117カ国がこれらの致死性があり無差別な武器弾薬を禁止する条約に加盟している。サウジアラビアはもちろん加盟していない。

サウジはまた、現在は広く違法と認められている2003年のイラクを爆撃をした国のひとつである。イエメン爆撃が米国防省の人民殺害時のばかげたお題目リストのひとつ、1991年イラクでの「砂漠の嵐作戦」とそっくりな「決然たる嵐作戦」とされたのは彼らの米国との親密さを暗示するものではないか。

サウジはまた2015年の国境なき報道団の報道の自由指標で180カ国中164位であった。全ての面でサウジが国連の人権理事会を率いることはジョージ・オーウェルの最も悪夢に満ちた政治ファンタジーそのものだ。

そういえば、世界貿易センタービルに突入した飛行機のハイジャック犯のうち19人はサウジアラビア人だともちろん教えられてきたが、その「対テロ戦争」の最も血なまぐさい大量虐殺という罰をアフガニスタンと中東、北アフリカでは今でも受け続けている。サウジの代表が国連人権機関の日の当たる場所に入り込んだときに。

国連人権理事会ウェッブページには「国連人権高等弁務官事務所は人間の尊厳という普遍的な理想に対する世界の関与を代表する。我々は人権の促進と保護という独特な権限を国際社会から付与されている。」とある。皆さんよく言うね。

2015年8月25日火曜日

斬首されたシリアの学者はISISテロリストをパルミラの古文化財の隠し場所に連れて行くことを拒んだ

以下の文はグローバルリサーチに8月20日に掲載されたもので、原文はレバント研究学会に19日に掲載されたカリーム・シャリーンとイアン・ブラックによる  Beheaded Syrian Scholar Refused to Lead ISIS Terrorists to Hidden Palmyra Antiquities を訳したものです。(アクセスは2015年8月21日)

カーレド・アル=アサード氏(82歳)はこの古代都市パルミラで殺害されるまでの一ヶ月間、過激派から尋問を受けていた。

イスラム国(IS)過激派は高名な古代文化財学者をシリアの古代都市パルミラで斬首し、この史跡の主要な広場の柱に切断された体を吊るした。貴重な古代芸術・工芸品を保管のためにどこに移動したかを明かすことを拒んだためと見られる。


カーレド・アル=アサード(82)の惨殺は、シリアと隣国イラクの三分の一を占拠し、支配下の地域で「カリフ国」を宣言したこのジハードグループが行ってきた残虐行為の最新のものである。この事件はまた、ISISが古代文化財を破壊すると同時に活動の資金を得るために略奪したものを常習的に売っていることを浮き彫りにした。

シリア(文化省)古文化財局長のマーモウン・アブドゥルカリム氏は、パルミラの古文化財長として50年以上働いてきた学者が火曜日にISISによって殺されたとをアサード氏の家族から知らされたと述べた。アサード氏は殺害される前の一ヶ月間囚われの身となっていた。アラブ・英国理解協会長のクリス・ドイル氏はシリアの情報筋から、この考古学者がISISにパルミラの秘宝の在り処について尋問されており、協力を拒んだために処刑されたことを知らされた、と述べた。

ISISはこの古代都市を政府軍から5月に奪った。古代美術・工芸品を偶像崇拝として破壊することで知られているが、巨大なローマ時代の遺跡が破壊されたという情報は入っていない。

「この地とその歴史にこれだけの偉業を残した学者が斬首され、その亡骸がパルミラの広場の中央の古代円柱の一つに今でも吊られていることを想像してみたまえ、」とアブドゥルカリム氏は述べた。「これらの犯罪者がこの都市に居続けることは(パルミラ)と、その全ての円柱と全ての遺跡の一片にとって呪であり凶兆だ。」
パルミラを拠点とする活動家たちはアサード氏の斬首された身体がこの町の通りの柱にくくり付けられている未証明の惨たらしい映像をソーシャルメデイアで回覧させた。その身体の前に置かれた板には、彼のシリア大統領バシャール・アル=アサドへの忠誠や、政権の諜報と治安当局高官と連絡を取り続けていること、そしてパルミラの「偶像」コレクションの管理をしていたことを非難する罪状が記されていた。

イスラムの厳格な解釈に従うISISはこのような古代の像を維持することを背教行為とみなす。シリア国営通信社SANAと英国に本拠地を置くシリア人権監視団によれば、アサード氏は火曜日に町の博物館の外の広場で数十人の目前で斬首された。そして亡骸はパルミラの遺跡のローマ円柱のひとつに吊るされた。

アマール・アル=アズム氏はシリアの科学と保全研究所を管理してしていた元シリア古文化財局員でありアサード氏とは個人的な知り合いであった。彼はアサード氏を評して、パルミラの初期の発掘と各部分の修復に従事した「掛替えのない」学者と述べた。「カーレッド・アサードのことを語らずしてパルミラの歴史や研究について書くことができないほど必要不可欠な人物だった。」「それはエジプト学がハワード・カーター抜きには語れないのと同じことだ」とアズム氏は述べた。そしてまた、

「彼はこの地についての膨大な知識の宝庫であって、それが失われたことが惜しまれる。彼はこの遺跡の隅から隅まですべてを知っていた。このような知識は掛替えのないもので、ただ本を買ってきて読めば身につくようなものではない。そのような知識は、それを身をもって生きて密接な関与をしてきたことのみによって得られる個人的な特質を持っている。それが永久に失われてしまった。我々にはもうそれを持つことはできないのだ。」と付け加えた。

この都市がISISに征服される前にシリア当局者は過激派に破壊されることを恐れて何百もの古代の彫像を安全な場所に移した。ISISは持ち運びができて簡単に売ることができる未登録の物品を探すであろうと思われた。ISISが支配する前にアサード氏は博物館にあったものを避難させる役割を担ったので逮捕されるのは確実だったとアズム氏は述べた。「彼はパルミラにずっと長い間いてずっとその一部でありつづけていたから、一生を過ごした場所で最後を迎えることを彼は多分わかっていたのではないか。そしてそれが不幸なことに現実となってしまった。」「惨いことだ。」

歴史家のトム・ホランド氏は、この悲報は遺憾であり、

「古代世界の研究に興味を持つ者すべてにとって、博物館で古代文化財の展示を監督したり、考古学の国際会議に出席することが死刑に値するというイデオロギーを信奉するものがいると気づかされるのはショック以上のものだ。」と述べた。


パルミラは古代、シルクロードの重要な貿易中継地として繁栄した。アサード氏は過去数十年間にわたって米国、フランス、ドイツ、スイスの考古学派遣団と共にローマの墓地とベル神殿を含むユネスコ世界遺産パルミラの有名な2000年の遺跡の発掘と調査をしていた。

SANA通信社はアサード氏がパルミラ博物館の庭でいくつかの古代共同墓地、洞窟そしてビザンチンの墓地を発見したと述べた。彼はまた、7世紀にイスラムが台頭する前に、この地域で共通語として使われていたアラム語学者でもあった。

「アル=アサードはシリアと世界にとって大切な存在だった、」と彼の義理の息子カリール・ハリリ氏はAP通信に語った。「なぜ彼らはアサードを殺したんだ。」「彼らは組織的な作戦で我々を先史時代に連れ戻そうとしているが、それが成功することはない。」

6月にISISはパルミラのふたつの古代神殿を爆破した。これらはローマ時代の建造物ではなかったが、過激派は多神教で神を冒涜するものとした。7月初旬にISISは25人の捕らえられたシリア政府兵士らの円形劇場での殺害が写されたビデオを発表した。ユネスコは先月、略奪が「工業規模」で行われていることに警鐘を鳴らした。ISISはイラクの二ムロッドなどの遺跡破壊を宣伝するが古文化財を略奪して活動資金にあてていることについてはほとんど語らない。

盗まれた古文化財は、このグループの数百万ドルほどと見られている収入のうち、石油の密売と直接税、恐喝とともに顕著な比重をしめている。ISISは2014年までにすでに存在していた幾つかの武装グループ、個人、シリア政権による不法発掘と略奪行為を乗っ取った、と考古学専門家らは述べている。ISISは初め発掘をする「許可」を与えたものに20パーセントの税を課していたが、後で自分たち自身の考古学者、発掘団、機械を調達し始めた。米国率いる同盟国が油田や他の標的を爆撃し始めたときに、ISISは盗掘により投資をし、許可なしに略奪することに対する罰を科した。